The Social Brain Hypothesis
Robin I. M. Dunbar
Evolutionary Anthropology, 6(5), 178-190, 1998

・本稿の目的
社会脳仮説(マキャベリ的知能仮説)とは,生態学的環境ではなく,集団内における複雑な社会的環境が脳を急速に進化させたという仮説である.だが,この仮説に関する実証的データは得られていない.本研究では霊長類間における「脳のサイズの予測」という観点から,この仮説の妥当性を吟味していきたい.

・ 対立仮説について
 脳のサイズに関し,社会脳仮説を含め,4つの仮説が考えられる(Tale1).epiphenomenal仮説は,脳のサイズは身体サイズの進化の副産物という考えである.すなわち,身体サイズと脳のサイズは比例するとする.また,発達仮説(developmental hypothesis)は基本的にepiphenomenal仮説と軌を一にするが,脳のサイズが後天的に発達するという仮定を置く.そして,代謝要求に見合うだけのエネルギィを割くだけのキャパシティのある種が,特に大きい脳のサイズをもつとする.だが,この2つの仮説は進化が選択(selection)の要因によってなされているという事実を考慮していない.脳は多くのエネルギィを消費し,コストが高いため,ただ上記の理由で脳のサイズが大きくなってきたとは考えにくい.よって以下ではこの両仮説をとりあえず横に置き,残りの2つの仮説に関して検討を加える(もちろん両仮説が間違っているというわけではない.身体サイズやエネルギィの問題は,脳のサイズに対する制約として働いてくるだろう).

 残りの2つの仮説は生態仮説(ecological hypothesis)社会仮説(social hypothesis)である.本稿ではこの両者を比較する.生体仮説は,その種の生態的な環境が脳のサイズを決定するための選択を生んだという仮説であり,さらに3つの仮説に分けられる.1つ目はdietary仮説であり,果実を主食とする場合に,脳のサイズが大きくなるとする.すなわち,普通の植物と違い,果実は実のなっている期間も短く,分布もまだらであり,発見するのに多くの記憶力を要するため,脳のサイズが大きくなったという仮説である.次はmental map仮説であり,なわばり領域(range)が広い種は,mental mapを構成するための記憶負荷が高いために脳のサイズが大きくなったという仮説である.最後はextraction forage仮説であり,獲得するためには環境から情報を抽出する能力を要する食物(たとえばアリ塚・擬態の種など)を食べる種の脳のサイズが大きくなったという仮説である.本稿では,dietary仮説のための指標として主食のうちに果実が占める割合を,mental map仮説のためになわばりの範囲を,そしてextraction forage仮説のために,主食による霊長類の4分類(Gibson)を用いる.最後に,社会仮説の指標として社会的な集団サイズを用いる.

・ 脳のサイズの測定について
 脳のサイズに関し,どのように指標を用いるかに関してはさまざまな議論があるが ,ここでは全体の脳サイズに対する新皮質の占める比率を用いることにする.新皮質(neocortex)は高度な推論などが行われるといわれており,髄(medulla)のような脳の原始的な部分に比べ,霊長類で格段の発達を見せている(Figure1).また,種の間の系統発生的な類似性が擬似相関を生む可能性もある(たとえばグループサイズとの相関が見えても,それは種間の系統発生的な類似性とグループサイズが相関をしていただけという可能性).そのため,種の分類をより上位(「属」を用いる)のものにしたり,独立の対比を作り出して(make independent contrast)対処することにする.

・ 結果
以上に基づき,先行研究などから得られたデータをFigure2に示す.集団サイズにおいてのみ,新皮質の比率との相関が見られ,データは社会仮説を支持している.また,なわばりの大きさと記憶を司る海馬の相関を示した研究も存在し,脳全体のサイズではなく,新皮質という特定の部位のサイズを用いることの妥当性を示している.
さらに筆者は,このデータに含まれていない種の集団サイズを予測し,大きなデータフィットを得た.Bartonは,この筆者の見解に対し,原猿(prosimian)は相関が低いのではないかと指摘した.しかし,夜行性で半単独行動の種に関し,昼のnest groupを集団サイズとして再計算したところ,相関(回帰の傾き)はほぼ他の種と同じになった(Figure3).また驚いたことに,肉食動物に関する回帰直線は原猿のそれと重なった.すなわち,独立の進化的発達が同一の原理によって起こっていることを示している.

・ 結果の吟味
さて,ではこの集団サイズと新皮質の相関は,具体的にどのような情報処理が理由で生じたものなのだろうか.それには5つの仮説が考えられる.1つは他の個体を見分けるための視覚情報処理能力の発達によるためとういものである.しかし,Figure4にみられるように,視覚皮質と集団サイズの相関より,それ以外の部分と集団サイズの相関の方が高い .2つ目の仮説は,他個体の顔を覚えるために記憶能力が発達したためというものである.しかしこれは以下の点から棄却できるだろう.まず人間の予測される集団サイズは150であるが,人間の人の顔の記憶は2000人を超えるといわれている.また,社会脳仮説は社会的相互作用の複雑さを問題にしており,記憶のみを問題にしているわけではない.さらに,記憶と社会的スキルは相互作用をしながら,脳の別の部分に蓄えられているという点である.社会的スキルを失っても記憶が残っている臨床例はいくつかある.そして3つ目は,感情に関する情報処理能力が発達したためという仮説である.他者の感情状態を手がかりとして行動をすることが脳を発達させたという考えである.しかし,情動のcuingに関する扁桃が集団サイズは相関していないという知見もあり,また霊長類は情動的な中枢のサイズが大きく減じ,中央実行系のような意識的な中枢に関するサイズが増えているという報告もある.最後の仮説は,社会的な関係に関する情報を操作する能力が発達したという仮説である.この点に関し,以下6つの証拠が得られている.

・ 6つの証拠
まず,Figure3を見て分かるように,新皮質と集団サイズの相関は3つのグループに分かれる.これらは傾きこそ同じだが,切片が違う.つまり,同じ集団サイズでも新皮質の大きさが変わってくるのである.これは,集団の社会的複雑さを反映していると思われる.次に,新皮質のサイズと戦略的な欺きの間に相関があるという研究が見られることである.3つ目に筆者の研究がある.一夫多妻性の霊長類において,オスのランクとmatingの成功の相関が,新皮質のサイズとは負の関係を示しているということである(Figure5).これは,新皮質の大きい霊長類においては,ランクの低いサルも(力ではなく)何らかの戦術(協同など)でmateを得る可能性を高めていることを示している.4つ目の証拠は,霊長類における大人の新皮質のサイズが,おなかの中にいるときや授乳する時ではなく,社会的学習を行う幼児期の長さと相関しているということである.5つ目は,霊長類の毛づくろいの集団サイズ(grooming clique size)と新皮質の比率の相関が高いということである(Figure5 ).毛づくろいの集団というものは連携集団(coalition group),すなわち集団内での嫌がらせを避け,利益を得るために最も適した集団である.そしてこのサイズというものは,深い関係を持てる個体の数の限界を示しているともいえる.よってこのサイズと言うものは霊長類の社会性のもっとも中核となる部分といえるだろう.最後に,新皮質は母親からの遺伝によるところが大きいことが知られている.母系社会における女性に対する社会的要求(demand)の強さによるものだと解釈できるのではないだろうか.

・人間の集団サイズに関して
さて,先述の予測式に人間の新皮質の比率を代入(外挿)し,その集団サイズの予測値を推定することは簡単であろう.そこで出てきたのは150人という値であった.人間の集団サイズに合致するのだろうか? この時問題になるのは,人間の集団の階層性である.霊長類の社会的集団が,人間のどの集団に当該するのかを考えなくてはならない.特に人間の集団システムは分裂-融合(fission-fusion)システムと称されるように流動的でもあり,特定が難しい.そこで筆者は逆の方法をとった.人間の集団サイズを様々なレベルで抽出し,150という値に合致する集団の特徴を調べるのである.そしてこの特徴が霊長類の社会的集団とパラレルであるかどうかを調べる.伝統的な狩猟採集と栽培(horticultural)社会に対象を絞り,利用可能なデータを用いて示したのがFigure7である.明らかに150の周辺に定義される集団サイズが存在する.これは儀式的機能(ritual function)を共有した集団という点で共通している.アボリジニを例にとると,これは結婚などの儀式や口伝の伝承を行うジャンボリー(集会)のサイズである.この集団は,お互い個人的な関係を結びうる最大の集団サイズであると考えられ,それは霊長類の社会的集団に合致するものである.
グラフの▲には,より現代的な集団から推定された集団サイズを記載してある .150という値に合致するような集団サイズのデータを持ってくることは,恣意的で容易である.しかし,様々な人間の集団サイズは(5, 12, 35, 150, 500, 2000)というクラスタに収斂するという知見も存在する点は重要だろう.

・ 社会脳に関する認知的なメカニズム
では,この社会的スキルに関する認知的メカニズムとはどのようなものだろうか.筆者は「心の理論(Theory of Mind; ToM)」が重要な役割を持っていると考える.いくつかの研究によると,類人猿はある程度の心の理論をもっているといわれており(批判も多い),人間の大人は5水準の心の理論(fifth order intentionality)を持っているといわれている(記憶などの要因を統制しても).そして,この心の理論と新皮質の増大(特に視覚皮質の増大が閾値を越えた種において)は大きな関係を持っているだろう.閾値を越えている類人猿は誤信念課題をある程度こなせるし,人間はより複雑なmind readerである.そして,人間にとってももっとも重要なToMの側面は「言語」である.言語でのコミュニケーションは相手の気持ちを読み取るということがなければ成り立たない.語用論研究が示すように,多くのコミュニケーションは比喩によって成立していると考えられるが,この比喩の理解にはToMが不可欠である.比喩の背後にある,相手の意図を汲み取るために,ToMは必要であり,これがなければ我々は詩などを読むことはできないし,日常会話は陳腐な事実になってしまうし ,謙譲のために微妙なニュアンスを込めることも無理になってしまうだろう.

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