Why Animals Don't Have Language
Cheney, D. L., & Seyfarth, R. M.
The Tanner Lectures on Human Values.
Delivered at Cambridge University, March 10-12, 1997

◇ 問題の所在
・ 20年以上前:類人猿に言葉を教える試み
・ 文字の意味を理解することはある程度できた
・ しかし一方で,文字を組み合わせて文章を作ることは難しいことが分かった
⇒類人猿への言語訓練アプローチの行き詰まり(Seidenberg & Pettito, 1979など)

・ 動物における言語研究は,より生産的な方向を見つける必要性:2つの方向性
1) 類人猿の自然状態でのコミュニケーションに焦点を当てた研究
2) コミュニケーションとそれに関わる認知との関係を検討した研究

・ 前者に関して:ほとんど現在何も分かっていない(cf. Mitani, 1996)
・ 後者に関して:多くの検討を受けてきた…本論文でレビューを行う.

◇ 本論文における3つの問い
1) 動物の,モノへのラベリングの背後にある認知的メカニズムは何か:なぜ動物は自発的にモノへラベルづけを行わないのか.
2) ラベルとして機能する少数の鳴き声を持っている動物も,新たなモノへのラベルを創れないのはなぜか:鳴き声の学習や修正を示す研究が見られないのはなぜか.
3) なぜ動物は自発的に文章を産出できないのか:動物が自然におけるコミュニケーションで,統語構造(syntax)が見られないのはなぜか.

◇ 本論文での結論(予定)
・ 人間の幼児に存在する3つの特徴が動物には欠けている
1) 心の理論
2) 新しい言葉を創りだす能力
3) 統語

・ 特に「心の理論」が一番根源であり,他の2つの問題の原因であることを示したい.

1. What is the underlying mental representation of a call?
・ ベルベットモンキーの鳴き声(e.g., Struhsaker, 1967; Seyfarth et al., 1980)
・ 捕食者の種類の違いによって,鳴き声が違う
・ 音声的に異なった鳴き声が,同じ捕食者を指す場合もある(Cheney & Seyfarth, 1988)

◇ これらの音声の生成や知覚の背後にはどのような心的表象があるのか?
・ 異なった音声が同じ対象を示すことに関し,2つの可能性
1) サルは,2つの音声を,同じ概念カテゴリに含まれるものだとして,同義語(synonymous)だと見なしている
2) サルは,2つの音声が同じ刺激や反応と結びついているから,両方の音声が似ていると考えている(be classified as similar)

・ では,そもそもカテゴリとは何なのか?

◇ カテゴリ研究におけるカテゴリの定義の多様性
・ 定義的特性による考え(Katz & Fodor, 1963; Keil, 1995)
・ プロトタイプによる考え(Rosch, 1973; Smith & Medin, 1981).
・ 理論ベース・説明ベースによる考え(Keil, 1989, 1995)

◇ 行動主義心理学者によるカテゴリの定義
・ カテゴリ:被験者や被験体が"等価(equivalent; Wasserman & Astley, 1994)"に扱う刺激
・ 動物は知覚的に類似したものを等価だと考える(Herrstein, 1985).
・ ただし,ハトやラットは,知覚的に類似していなくても同じ刺激や文脈と連合している刺激を,同じカテゴリのものだと見なす:過去の経験によってカテゴリが変わる.
・ 真の刺激等価性の成立のためには,反射性・推移性・対称性の成立が不可欠:サル(Wright et al. 1983)・類人猿(Premack, 1983)・イルカ(Herman et al., 1989)・鳥(Pepperberg, 1987)などはある程度この判断が可能.

◇ 刺激等価性の考え方の問題点
・ 行動から測定される刺激等価の考え方は,言語を使わない動物における,カテゴリ構造を知るためには,確かに有益.
・ 一方,いくつかの限界点も指摘可能.
・ 被験体が等価に反応していても,それが心的にどのように表象されているのかが不明確:イメージ・宣言的知識のような表象なのか,手続き的知識のような表象なのか
・ ある時は等価に扱われている刺激も,別の時には弁別されることがある:サルは,サルとブタの弁別学習が可能な上に,サルの種内での弁別学習も可能 (Humphrey, 1974)
・ 等価性が確立されたときの心的メカニズムが不明確:上述の1)2)の弁別が不可能.

◇ 1)と2)の弁別は本当に不可能なのか:ある程度弁別する知見も蓄積
・ サルは「同じ」と「違う」という関係を学習することができる(Davis et al., 1967など)
・ 自然場面において,同じ鳴き声が,常に同じ刺激によって起こったり,同じ反応を生じさせたりするわけではない:連合による解釈では,解釈しにくい.
・ ベルベットモンキーの鳴き声は,特定の反応・刺激というよりは,ある種の「イベント」を示している(Cheney & Seyfarth, 1990b).

⇒鳴き声の表象は,単なる「刺激に対する反射」以上のものである可能性が高い.

2. Why do animals have so few labels for objects and events?
◇ サルは意味的な音声ラベルをわずかしか有していないし学習もできない
・ サルは母親などを見分けることができるが,それに対応する音声ラベルは持っていない.
・ クジラを除いて,哺乳類は言語ラベルを学習できない(Marler, 1990).
・ ニホンザルの子どもとアカゲザルの子どもを,親を交換して養育したところ,音声の変化(vocal modification)は見られなかった(Owren et al., 1993).

・全ての発声学習(vocal learning)が生得的・不可塑性を持つというわけではない
・ 母親の交換実験で,養育者の音声の意味は理解できるようになった.
・ ベルベットモンキーは「警報の鳴き声」の対象を発達とともに狭めていく.

◇ 音声とモノとの連合はイヌでも形成できるのに,なぜ新しい発声学習は不可能なのか?
・ ここで仮想的な発声学習の場面を考えてみる:Mortが蝶をみて"kipepeo"という新しい言葉を発する.その場面をStanleyがみる.
・ ここで"kipepeo=蝶"という理解に至るためには,StanleyがMortと同じ状況で言葉を真似して,そのような活動を通じてMortと認識を共有する必要性.
・ この過程は非常に複雑で,遅く,エラーが混入しやすい

◇ 上記の学習を効率的にするためには?
・ 話し手と聞き手が相手に「意図・信念」を帰属できれば良い(相手に意図や信念があることを知ればよい; Grice, 1957; Jackendoff, 1994)
・ Stanleyが「Mortがなぜ"kipepeo"と発したか」という意図を理解すれば,次にMortに会ったときに相手が意図を理解してくれる前提で"kipepeo"を発することが可能になり,以降の会話がスムーズに進む(Dennett, 1995).

・ すなわち基礎的な「心の理論」が発声学習には不可欠

・ 乳幼児は大人を「意図を持っているもの」と考えている:意図の帰属をできるようになる1歳前くらいから言語学習が進む
・ 6ヶ月から赤ちゃんは親の視線に敏感になる:視線が相手の知識を反映していることに気づいている可能性(Tomasello, 1996a;ただしこれだけで十分ではない).
・ 1歳過ぎより,ジェスチャーなどで大人の注意を引いたり,自分の指差しを相手が理解しているか,顔を見て確認したりする.
・ 2歳過ぎから,相手が「知っている」と「知らない」を区別する(O'Neill, 1996).

・ サルは心的状態を他者に帰属できない(Cheney & Seyfarth, 1990b; Povinelli, 1993).
・ 相手の視線には敏感だが(Petter et al., 1987),他者の注意を向けるために視線を利用しようとはしない(Anderson et al., 1995, 1996).
・ 自分のメッセージが誤解されても,調整しようとはしない(Cheney & Seyfarth, 1990b).

◇ サルは本当に基礎的な心の理論を持たないのか?
・ サルの鳴き声が特定の他者に向けられることはある程度ある:「和解」の唸り声など
・ しかし,サルの鳴き声や視線は,他者の「行動」に影響を与えるためになされるもの
⇔幼児のそれは他者の「知識・信念」に影響を与えるためになされる

・ "seeing and knowing"のつながりをサルは理解していない(Cheney & Seyfarth, 1990b).
・ 類人猿のチンパンジーですら,人間の目が閉じていても,その人間に向かってジェスチャーをしてしまう (Povinelli & Eddy, 1996b).
・ Povinelli et al.(1990)では,食物の場所を知っている人と知っていない人を,チンパンジーはある程度区別できた:しかし,うまくいったチンパンジーでも誤選択確率は30%を越えており,随伴性学習に基づいた結果である可能性を否定できない.

3. Why does the natural communication of monkeys and apes lack syntax?
◇ サルや類人猿の言葉には統語(syntax)が存在しない
・ サルの音声ラベルは連合というよりは意味的なカテゴリの可能性が高い(先述).
・ 一方,言葉の統語構造に関しては,最も基礎的なものさえも確認されていない:せいぜい,同じ鳴き声を繰り返したりするだけ(Cheney & Seyfarth, 1990b).

◇ 統語が存在しないとどのような問題が生じるか
・ 統語がないと,その鳴き声の正確な意味を伝えることが難しくなる
・ ベルベットモンキーの「警報の鳴き声」:「逃げろ」という行動を指しているのか「捕食者」という事物をさしているのかが不明確.捕食者の特徴に関しても分からない.

・ この意味で,1歳児の一語文に似ている:状況によって同じ"ball"という発話も,「ballをとってきて」や「ボールを見て」と意味するものが違う(Shipley et al., 1969).
・ ただし,1歳児は一語文しか話せなくても,統語構造に敏感
・ 文法的に正しくない言葉と正しい言葉に異なった反応をする(Shipley et al., 1969).
・ 一語文でもジェスチャーなどを交えて,正確な意味を伝えようとする(Barrett, 1982).

◇ なぜサルを含む動物は統語を持たないのか?
・ 最も単純な解釈:サルを含む動物は,項構造(argument structure; ある述語(例:殴る)がいくつかの項(主語・目的語)を持っている構造)を持っていないから.
・「『主体』が,『対象』に『行為』を行う」というシークエンスで物事を捉えられない.
・ しかし,この仮説はあまり説得的ではない.
・ チンパンジーは,ビデオを使った学習で,「AがBに近づく」と「BがAに近づく」というラベルを別個に獲得可能(Itakura & Matsuzawa, 1993).
・ タマリンは因果的に起こりにくい出来事に強く反応(Hauser, it press).
・ アカゲザルの側頭葉は,随伴性よりも因果的パターンに強く反応(Perrett et al., 1990).

・ サルは,心的には出来事を統語的な構造に位置づけているが,そのタグを会話システムに載せられない可能性.

◇ 一部の動物は訓練によって統語構造を獲得しているのはなぜか?
・ 上記の知見と裏腹に,訓練によって統語構造を獲得した動物も多い
・ チンパンジー:修飾語を使うことができた(Premack, 1986; Matsuzawa, 1985).
・ ボノボのカンジ:名詞・動詞・修飾語を理解(Savage-Rumbaugh et al., 1993).
・ オウムのアレックス:修飾語を理解(Pepperberg, 1981, 1992).
・ イルカ:修飾語・主語・行為語からなる文のような命令を理解(Herman, 1987).
・ アシカ:イルカと同様の文のような命令を理解(Schusterman & Krieger, 1986).

・ ただし,統語的構造がきちんと獲得できているかを判別するためのテストは存在しない.
・ 案:新奇な言葉を動詞の位置に挿入挿入して,動詞として解釈するかをテストする

・ このようなテストがなされない限り,上記の動物が本当に統語を獲得しているのか,それともただの刺激等価性の獲得なのかは,議論の余地が残ってしまう.
・ 文の理解ができるという報告は多いが,「文の産出」に関しては報告が少なく,あったとしても疑問点が多い(Seidenberg & Pettito, 1979; Terrace et al, 1979).

◇ もし動物が統語構造を理解できたとして,なぜ統語的な発声が自然に出ないのか?
・ 心の理論の欠如が重要な要因だと考えられる.
・ 心の理論の欠如:自分の知っていることと他人の知っていることを弁別不可能.
・ 出来事を知らない他者に,その詳細を説明してやる(=統語が必要)必要性を感じない.

・ サルの鳴き声は,他者に知識を得てもらうという意図が働いているのではなく,自分の知識をただ発しているに過ぎない
・ 他者に「伝えたい」という意図がないから,意味を詳細に限定する統語の獲得が不必要.

4. Do these generalizations also apply to apes?
・ 今までサル(類人猿以外)と類人猿をまとめて扱ってきた.
・ 例えば類人猿に「心の理論」があれば,これまでの議論は限定的になってしまう.

◇ 類人猿とサルの違い
・ 両者の違いに関しては,立場によって意見が様々
・ 類人猿はサルよりも人間の方に近い(Savage-Rumbaugh & Lewin, 1994; Byrne, 1995).
・ 他者の意図理解に,サルと類人猿に大差ない(Tomasello & Call, 1997; Hayes in press).

・ チンパンジーは他者が道具を使うのを見て,その使用と機能を学習
・ 一方,運動パターンの模写の正確さでは幼児に及ばないとする知見(Nagell et al., 1993).

◇ 類人猿は「心の理論」を持つのか?
・ チンパンジーがサルより認知能力が高いのは事実だが,それが他者の意図を読む能力(=心の理論)に起因するのか,因果関係の学習に習熟しているだけなのかは不明確(Tomasello et al., 1987; Limongelli et al., 1995; Povinelli and Eddy, 1996b).

・ 現在のところ,自然のチンパンジーが他者の意図を読むという証拠は殆どない
・ 自分の存在に気づいていない相手に対して,より大きな声で自分の位置を知らせるようなことはしない(Mitani & Nishida, 1993).
・ 道具使用を積極的に模倣したり,他者に使い方を教えたりしない (Tomasello, 1996b).
・ 有名な類人猿の「欺き」も,単なる随伴性学習の結果である可能性を否定できない.

・ 結論は下せないが,動物の認知能力を正確に測定するテストを開発することが必要.

5. What is the effect of human training on the cognitive capacities of animals?
◇ 人間によって訓練されたチンパンジーと,自然のチンパンジーは認知能力が大きく違う.
・ Tomasello et al.(1993)の実験:幼児・人間に育てられたチンパンジー・実母に育てられたチンパンジーの認知能力を比較.
・ 幼児と人間に育てられたチンパンジーのみ自発的に模倣を行った.
・ 幼児と人間に育てられたチンパンジーのみ共同注視を行うことができた.

・ 人間に育てられたチンパンジーだけ,ジェスチャーによって,相手の注意を誘導することが可能(Carpenter et al., 1995)
・ 訓練されたチンパンジーだけ,2次の関係を学習可能(Thompson & Oden, 1995).

・ 類人猿が「心の理論」を持つために,心の理論を持っている訓練者を必要とするのならば,他者の意図を帰属する能力はそもそも進化してこないのではないか(Povinelli, 1996).

6. Summary
・ サル・類人猿の能力は不明確な部分が多い:直感的な議論をしてはいけない.
・ Speculativeな仮説だが,心の理論の欠如が,動物が言葉を話せない原因である可能性.
・ サルの活動が高度であることは確か:心の理論を抜いた形での社会的理解の能力を今後同定していく必要がある.

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